2009年04月18日

抜歯

休薬に伴う血栓塞栓症再発;頻度は低いが症状は重篤


表1
矢坂 よく知られているように脳梗塞はラクナ梗塞,アテローム血栓性脳梗塞,心原性脳塞栓症の主要 3 病型に分けられます。ラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞ではアスピリンなどの抗血小板薬,心原性脳塞栓症ではワルファリンの再発予防効果が確立しており,各種ガイドラインで推奨されています。ところが,こうした抗血栓療法施行中に観血的治療を行う場合,出血性合併症をおそれ休薬する例が少なくありません。これは本当に必要なのでしょうか。
 本シリーズでは,抗血栓療法中断のリスクとベネフィットを問い,各科の観血的手技に即して休薬の必要性や再開のタイミングといった問題を考えていきたいと思います。第 1 回は,抜歯や歯周手術時の休薬をテーマに討論していきます。
 抜歯時のワルファリン休薬は,血栓塞栓症のリスクを増加させると指摘されています。米国のWahlの文献調査では,ワルファリンを中止した493例・542回の抜歯のうち,5 例(約 1 %)で血栓塞栓症が起こり,うち 4 例(80%)が死亡したとのことです。国立循環器病センターでの検討ですが,抗凝固療法例で脳梗塞を発症した23例中,抗凝固薬を意図的に中止していた例が 8 例(うち 4 例は抜歯による)ありました。中止例は退院時要介護(mRS:3 以上)が71%と,非中止例の21%に比べ予後が著明に悪くなっていました(表 1)。
 抗血小板薬については,Maulazらがアスピリン療法中に脳梗塞/TIAを発症した群と非発症群を比較し,休薬例の割合は発症群4.2%,非発症群1.3%で,休薬の脳梗塞発症へのオッズ比は3.4と報告しています。
 このように,ワルファリンとアスピリンのいずれにおいても,抜歯時の休薬によって起こる血栓塞栓症の頻度は1〜4.2%程度と高くはないのですが,発症例は重篤な場合が少なくありません。抗血栓薬服用患者は数百万人に上りますから,1 %でもかなりの発症数になります。こうした点から,日本循環器学会の抗凝固・抗血小板療法ガイドラインでは「抜歯時には抗血栓薬の継続が望ましい」と明記されています。

日本の現状;ワルファリンも抗血小板薬も休薬例が半数超
矢坂 では,日本の現状はどうなのか。矢郷先生は,抗血栓療法時の抜歯について調査をされましたね。



図1
矢郷 抗血栓療法患者の抜歯がどう認識されているのか,医師116人と歯科医師102人を対象に調査を行いました。医師での調査では,抜歯時にワルファリンを中止・減量する医師が70%,抗血小板薬を中止する医師は86%に上りました(図 1)。その理由は,「歯科医師が出血で困ると思う」が最も多く,次が「歯科医師の指示で」でした。半面,医師の10%が抜歯のためワルファリンを中止した結果,脳梗塞などを起こした例を経験していました。そして,61%の医師は,ワルファリン継続下で抜歯する歯科医師がいることを知らないと答えました。ほとんどの医師は,歯科医師がワルファリン継続下で抜歯可能と判断すればその指示に従うということですので,歯科の側からのアピールが求められていると言えます。
 歯科医における調査では,医師から抗血栓療法を理由に抜歯を禁止された患者に遭遇したことがある人が66%に見られました。これは,休薬なしで抜歯が可能との認識が,医師側でも弱いことを示しています。また,休薬の判断を医師に一任する歯科医師が多く見られました。
 また,ワルファリンの至適治療域について尋ねたところ,INR:1.6〜2.5とした医師が大半ですが,抜歯時の望ましいINR値に関しては1.5以下と回答した医師が79%を占めました。すなわち,かなりの医師がINR:1.6以上では抜歯時の止血が困難と考えているわけです。一方,歯科医師でINRを知っていると回答したのは23%に過ぎず,医師との連携に支障を来すと思われました。



図2
矢坂 私たちも同様の調査を行いました。対象はJ-MUSIC*参加施設の医師(主に脳卒中専門医),国立病院機構の医師と歯科医師です。抗凝固療法の継続率は,J-MUSIC医師58%,国立病院機構医師35%,同歯科医師53%。抗血小板療法の継続率は,それぞれ69%,38%,60%でした(図 2)。医師も歯科医師も,抗血栓薬継続下の抜歯に対する認識はまだ低く,脳卒中専門医でも十分でない,という結果だと言えるでしょう。

*脳梗塞急性期医療の実態に関する研究

欧米の認識;抗血栓療法は大多数の例では中止してはならない
矢坂 次に,抗血栓療法継続下の抜歯は本当に可能なのか,その根拠についてうかがいます。



表2
森本 最近,この問題に関係する 2 つの論文が発表されました。1 つは, Perryらが Br Dent J に発表したもので,抗凝固薬服用患者が抜歯などの処置を受けるときの管理ガイドラインです。INR:2〜 4 の治療域にあれば重篤な出血のリスクは非常に小さく,逆に休薬により血栓症リスクが増大することを踏まえ,「外来の歯科外科処置を行う大多数の患者では抗凝固薬を中止してはならない」と述べています。また,INRが治療域で安定している患者では,感染性心内膜炎の予防のため抗菌薬を 1回投与しても,抗凝固薬を調整する必要はないとのことです。出血リスクを小さくする方法としては,酸化セルロースまたはゼラチンスポンジ+縫合の併用,5 %トラネキサム酸による洗口を推奨しています。
 もう 1 つはAframianらによるメタ解析で,内容はよく似ています。ワルファリン服用例でINRが治療域にあれば,1 本の単純抜歯では休薬してはならないこと,トラネキサム酸溶液による洗口などが有効であること,歯科処置のために低用量アスピリン(100mg/日以下)を中止すべきではないことが,いずれもハイレベルのエビデンスとして示されています(表 2)。これらの文献から,欧米での休薬問題の最新の考え方がうかがえます。抗血栓療法継続下の抜歯が可能かというより,抜歯に際しては基本的に休薬してはならない,というのが主流になっているのです。

抜歯時の止血;ワルファリン,抗血小板薬服用中も難しくない
矢坂 とても明快ですね。では,日本での成績はどうなのでしょうか。



表3
矢郷 現在,私たちは慶應病院においてワルファリン,抗血小板薬とも継続下で抜歯を行っています。ワルファリン単独58例,抗血小板薬単独27例,両者併用23例で抜歯を行ったところ,後出血を見たのはワルファリン服用の 2例のみ,止血シーネで容易に止血できました。ワルファリンの治療域は日本人では1.6〜2.8に設定されています。この範囲では確実な止血処置を行えば,抜歯時の止血にまったく問題はありません。
 止血処置は,ワルファリン服用例では,ゼラチンスポンジと縫合,圧迫止血を組み合わせて行います。抗血小板薬の場合は,縫合と圧迫止血のみです(表 3)。ほとんどの症例はこれで止血できますが,それでも止血しないときには止血シーネやパックを使用します。いずれにせよ局所止血処置だけで止血可能で,全身的止血処置が必要になった例はありません。抜歯後の出血の原因としては,INR値よりもむしろ,局所の炎症,抜歯時の器械操作による周囲組織の損傷,不適切な局所止血処置などが問題となります。



表4
森本 私たちも,日常的に抗血栓薬継続下で抜歯を行っています。国立循環器病センター歯科と共同で実施した観察研究の成績を紹介します。抗血栓療法中の270例において計306回の抜歯を行ったところ,後出血を来たしたのは11回,3.6%でした。ワルファリン単独群で4.4%,ワルファリン+抗血小板薬併用群では3.9%で,両群間に有意差はありません。抗血小板薬単独群では2.2%でした(表 4)。後出血例を解析した結果,INR値より抜歯部位の歯槽膿瘍や歯肉膿瘍などの活動性炎症が影響すると考えられました。
 この研究では,全例に酸化セルロース綿を入れて縫合し,ガーゼで圧迫する局所止血処置を施しています。処置中の止血困難例は滅多になく,出血例の大半が後出血例で,必要であれば電気メスによる凝固止血や止血シーネで対処しています。
 以上より,日本人のワルファリン服用例(INR:3.0未満),抗血小板薬服用例では,維持量を継続して抜歯を行っても止血はほぼ可能であることが分かりました。後出血には局所止血処置,INR値延長例ではその適正化で対応できると考えています。

歯周治療;縫合など適切な局所止血処置がより重要に
矢坂 森本先生は,歯周治療についても検討されているそうですね。

森本 歯周病は炎症巣ですので出血しやすく,しばしば止血に苦労します。抗血栓療法例での歯周治療のエビデンスは乏しいのですが,INR値は抜歯時より0.5〜1.0程度低めが妥当とされます。急性歯肉炎や歯周炎があると止血が難しいため,まず急性炎症を治療しなければなりません。また,抜歯に比べ創の形態が複雑なため単純にガーゼを咬んでも圧迫できない例が多く,工夫が必要です。出血部位が深い場合,酸化セルロース綿や止血シーネを使います。
 歯周治療についても,私たちは国立循環器病センター歯科と共同で観察研究を行っています。対象は抗血栓療法継続中の115例です。局所止血処置は,大半の例で酸化セルロース綿挿入やガーゼによる圧迫を,歯肉剥離掻爬手術では縫合を行いました。止血困難例では電気メスによる凝固止血や止血シーネを採用。その結果,ワルファリン服用患者ではプロービングや歯石除去など低侵襲処置はINR:3 未満で,ルートプレーニング,歯周ポケット掻爬,歯肉剥離掻爬手術などの歯周外科処置は,INR:2.5未満で施行可能でした。抗血小板薬単独服用患者では,すべての歯周治療を問題なく施行できました。ただ,歯周治療では処置中の止血が困難なケースが多いため,適切な局所止血処置がより重要になることを強調しておきたいと思います。

矢坂 適切な局所止血処置が重要とのことですが,そうした止血処置は一般の歯科医でも行えるのですか。

矢郷 テクニック自体は,歯科口腔外科の医師でしたら問題なくできます。これを一般の歯科医に広げていくには,まず口腔外科でガイドラインを作っておく必要がありますね。

森本 最近,ワルファリン継続下で抜歯する一般歯科医も徐々に増えています。しかし,なかには局所止血が十分になされていないため,後出血で来院される例があります。休薬の危険性だけが独り歩きし,抗血栓療法継続下の正しい歯科治療が浸透していないのが現状です。休薬の危険性と同時に,局所止血の重要性を訴えていくことが大切でしょう。

今後の方向性;医師と歯科医,共通のガイドライン作成が急務
矢坂 今後,抗血栓療法継続下での抜歯を広めていくためには,どんな取り組みが必要だとお考えですか。

矢郷 すでに循環器学会のガイドラインでは抗血栓療法継続の必要性が取り上げられていますが,やはり医師と歯科医の共通のガイドラインが必要です。抗血栓薬休薬による脳梗塞リスクの増大は医師から歯科医に伝えられたわけですが,歯科医から医師に対して「INR:3程度までなら局所止血処置により抜歯が可能」という情報を伝えていくことが求められています。現在,私たちはガイドライン作成へ向け,慶應義塾大学循環器内科(小川聡教授)にもご協力いただき「ワルファリン維持量の継続投与下における抜歯の安全性に関する多施設共同研究」を進めています。日本有病者歯科医療学会(白川正順理事長)でもガイドラインを作り,一般の歯科医に伝えようと取り組んでいます。

森本 やはり,医師と歯科医の連携が重要になってきます。抗血栓療法を受けている患者の場合,血栓症のリスク評価が知りたいですし,抗菌薬やNSAIDsの使い方などについても情報がもらえれば,円滑な連携が可能になると思います。

矢坂 私は2004年の日本循環器学会のガイドライン作成に関わりましたが,現在はその改訂作業が進行中です。そうした作業のなかで,歯科領域でのガイドライン作成の動きとの整合性にも配慮すべきですね。ガイドラインを普及させるには関連学会が共通認識を持つことが不可欠です。本座談会が,医師と歯科医師の連携により,抗血栓療法継続下の安全な抜歯と歯周手術を普及させる一助となることを期待したいと思います。
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2008年07月22日

抜歯時の抗血小板薬、抗凝固薬の休薬はなぜ問題か

 高齢化社会の進展に伴い、抗血小板薬、抗凝固薬を服用する患者が増えているが、手術や抜歯などの観血的処置を行う際、出血性合併症をおそれ休薬する例が少なくない。ところが現在、抗血栓療法中断のリスクとベネフィットが問われ、休薬が本当に必要なのかどうか、疑問が持たれている。

 米国のWahlの報告によると、ワルファリンを中止した493例・542回の抜歯のうち、5例(約1%)で血栓塞栓症が起こり、うち4例(80%)が死亡した1)。国立循環器病センターでの検討では、抗凝固療法例で脳梗塞を発症した23例中、抗凝固薬を意図的に中止していた例が8例(うち4例は抜歯による)あった。中止例は退院時要介護(mRS:3以上)が71%と、非中止例の21%に比べ予後が著明に悪くなっていた(表1)2)。

 また、Maulazらは、アスピリン療法中に脳梗塞/TIAを発症した群と非発症群とを比較したところ、休薬例の割合は発症群4.2%、非発症群1.3%で、休薬の脳梗塞発症へのオッズ比は3.4と報告している3)。

 抗血小板薬と抗凝固薬のいずれにおいても、抜歯時の休薬により血栓塞栓症が起こる頻度は1〜4.2%程度と高くはない。しかしながら、現在少なくとも300万人がアスピリンを服用しており、ワルファリン服用患者はおよそ100万人であることを考えると、たとえ1%でもかなりの発症数になる。また、一度発症すると非常に重篤な場合が少なくない。

 このような観点から、日本循環器学会の抗凝固・抗血小板療法ガイドラインでは、「抜歯時には抗血栓薬の継続が望ましい」と明記されている。
抜歯 インプラント
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